2-4.1990年代〜 : コーポレート・アイデンティティ研究

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第2章 コーポレート・アイデンティティの展開

2-4. 1990年代〜

 ‘80年代には百花爛漫の相を呈した日本企業のCIブームだったが、’90年代のバブル経済の崩壊を受けて水を打ったように静まった。日本の企業は財務的なリストラに奔走しなければならず、企業文化を創り出す余裕を捻出することが困難であった。コーポレート・アイデンティティはよりよい経営環境を創りだすための経営手法のひとつであったが、当然のことながら万能ではなかった。添付資料の「世界のコーポレート・アイデンティティの変遷」を見ても、’80年代の海外における展開と日本のそれを比べてみると、日本での展開が過剰であったことは否めない。バブル経済崩壊後は、むしろ正常に戻ったというべきかもしれない。
 しかし国際市場で競争を強いられた日本企業は、自国の不景気を言い訳にすることはできなかった。不況時代にも対応するイメージ創出のための新たな経営手法が必要とされた。イメージとして物質的な価値がないと思われていた「ブランド」を、「エクイティ=経営資産」として再認識する経営手法、すなわち「企業ブランディング」である。ここでの「ブランド」は単に商標と言う意味を越えて有形・無形の特徴すべての総和であり、「ブランディング」とは、ブランドやブランド・アイデンティティを開発するプロセスのことを指す 。企業ブランディングは、コーポレート・アイデンティティに勝る手法であるかのように聞こえる。しかし、そこでもデザインが潜在的に持つ可能性に期待が寄せられたのだった。

<企業ブランディングが注目された背景>

 市場が成熟し企業規模が巨大化するにつれ、デザイン事務所やコンサルタントもそれに対応する組織づくりが必要となった。広告代理店は各国に支社を構え、経営課題を取り扱うための研究室をも備えるようになった。博報堂ブランドコンサルティング社長の首藤明敏は、企業ブランディングが注目された背景について、次のように分析している。
 「デービッド・A・アーカー教授の『ブランドエクイティ戦略』が日本で翻訳出版されたのが1994年である。それからもう10年がたった。従来から「ブランドイメージ」や「ブランドロイヤルティ」は一般的なマーケティング用語として使われてきたが、ブランドを資産としてとらえるという考え方は一つの大きな転換点となった。
 それに先立つ、80年代後半には多くの日本企業が壮大な21世紀ビジョンを打ち出し、ロゴやマークを変更した。そして、そういった「CI」ブームも、バブル経済の崩壊とともに終焉を迎えた。同じ時期、欧米では不況下の企業買収においてブランドの価値が再認識され、有力企業の多くが経営テーマとしてブランドに取り組み始めていた。
 そして90年代の半ば、「ブランドエクイティ」の概念が日本でも紹介されると、それと時を一にして、欧米企業と熾烈なグローバル競争を行っている企業や 80年代後半の多角化路線の見直しを行い始めた企業の中から、「ブランド・アイデンティティ」の再構築の機運が沸き起こった。
 そして、2000年を前後とした企業のM&Aの増加や連結経営の導入、企業価値に寄与する無形資産の評価といった動きを背景として、コーポレートブランド経営=企業ブランディングというテーマに昇華していったのである。多くの日本企業にとって、経営者が考えるブランドといえば企業ブランドのことであり、ブランドマネジメント=企業ブランディングとなるのは自然な流れであった。 」
 コーポレート・アイデンティティと企業ブランディングの違いは、どちらも実体がなく目に見えない概念なのでわかりにくいが、企業ブランディングを実現するためのデザイン的な手法としてコーポレート・アイデンティティが位置づけられていると言える。コーポレート・アイデンティティがデザインによってイメージをつくるいわば企業文化の創出という(経営的には)漠然とした目的であったのに対して、企業ブランディングはもっと現実的で経営に直結した財産としての価値創出を目的としたものと言える。
 これをよりわかり易く説明するため、首藤はコーポレート・アイデンティティとコーポレートブランド経営の関係を以下のように図示している。

(首藤明敏著「企業ブランドを越えて(上)」『日経コーポレートブランド』2005年6月より)

 この図によると、楕円で囲まれた第1次及び第2次CI(コーポレート・アイデンティティ)は「デザインコミュニケーション領域」と「マーケティング領域」の中間に位置づけられ、コーポレートブランド経営はより高次の「マネジメント領域」に位置付けられている。この場合の高次とは、企業経営という観点から見たヒエラルキーであることは言うまでもない。経営資産として企業イメージを評価するとき、ある企業が所有するすべてのブランドイメージを合算する必要がある。例えばトヨタ自動車は、レクサスブランドや傘下の子会社が持つブランドイメージを合算してはじめて企業イメージが評価されるという考え方である。
 しかしながら上図の中で注目したいのは、1990年代末から2000年初頭にかけて、第2次CIブームが起こっているという事実である。これはすなわち、企業はブランディングの重要性に気づくが、その実現のためにはコーポレート・アイデンティティの手法、つまりデザインによる計画的なイメージづくりが不可欠であることを再認識したことを証明している。「コーポレート・アイデンティティで企業ブランディングを行う」という話法が成り立つのである。

<ランドー・アソシエイツと第2次CIブーム>

 ミュンヘン生まれのウォルター・ランドー(Walter Landor 1913-1995)が、1941年にサンフランシスコに設立したデザインコンサルティング会社ランドー・アソシエイツは、世界中に24ものオフィス(2007年時点)を持つに至った 。
 ランドー・アソシエイツ社CEOのクレイグ・ブラニガン(Craig Branigan)は、「60年間以上にわたって、ランドー・アソシエイツは全世界でブランディングに関するあらゆる問題を解決して参りました。 」と述べている。おそらく彼らにとってコーポレート・アイデンティティは、ブランディングに関する問題のひとつと捉えているのであろう。しかし1941年以来、彼らが主業務としたデザインを通して企業イメージをつくる仕事は、まさにコーポレート・アイデンティティ手法によるものだった。
 以下に第2次CIブームと言われる1990年代末から2000年代初頭にランドー・アソシエイツが手がけた事例を検証してみる。
 フェデックス(FedEx)とランドー社とのパートナーシップ関係は1990年代初頭からはじまっている。フェデラル・エクスプレス(Federal Express)という社名が最適ではないとの調査結果から新しい企業ブランドを提案した。当企業のブランドカラーとしてパープルとオレンジを均等に使用する独特の配色で、競合他社との差別化を行った(図2-4-1)。
 石油会社のBP(British Petroleum)とAmocoが1998年に合併しBP Amoco社が設立されたが、企業ブランドはBPとしてデザインされた。ランドー社はBPというブランドの既得価値を活用することを提案したのだった(図2-4-2)。
 日本石油と三菱石油が合併した1999年当初は、日石ブランドと三菱ブランドの既得価値を重視してしばらくはダブルブランドで営業を続けた。しかし顧客から見て抜きん出た国内トップブランド力が必要と考え、一年後に統合ブランド「新日本石油」を採用した(図2-4-3)。
 日本航空と日本エアシステムは、2001年に共同の持株会社を設立することで合意した。ランドー社はそれまでの日航と日本エアシステムの機体尾翼の特徴「鶴丸」と「レインボー」に固執しないブランドデザインを開発した(図2-4-4)。
 2001年には英国第2位で独立航空会社としてはヨーロッパ最大のブリティッシュ・ミッドランド(British Midland)を手掛け、bmiという企業ブランドを開発した(図2-4-5)。
 UFJ銀行は、1990年代後半の欧米を中心とする急速な金融再編の流れの中で、国内でもグローバル化に対応しようとする流れの中で誕生した。三和銀行、東海銀行、東洋信託銀行の経営統合であったがまったく新しい企業ブランドがよいとの判断から、日本の銀行で初めてのアルファベット表記による名称UFJ(United Financial of Japan)銀行と名付けられた(図2-4-6)。
 ランドー・アソシエイツは、企業の他にアトランタオリンピックやソルトレイクシティオリンッピックなどのイベントのアイデンティティ・デザインも手掛けた(図2-4-7)。
 他にも多数の事例を手掛けたランドー社であったが、やはりこの時期には買収や合併によって生き残ろうとする企業のブランディングの問題を解決しようとする試みが見られる。そこにはブランドのアイデンティティを際立たせる、コーポレート・アイデンティティの手法が不可欠であったことは論をまたない。                                                                                                                                                                                                                                                                                                       
 また、ランドー・アソシエイツでは会社としてデザインを行っているという理由からか、担当デザイナーの名前をあまり表に出さないようである。重要なのは企業の個性であって、デザイナーの個性ではないということであろう。

<インターネットと企業ブランディング>

 1996年、日本ではマイクロソフト社のOS「Windows 95」が発売されたが、この年を日本の「インターネット元年」と位置づける声も多い。事実この年の前後から、デザイン会社が企業ウェブサイトのデザインを受注する例が増加してきた。デザイン経験のないコンピュータシステム開発の専門会社が企業ウェブサイト開発を受注する例もあったが、デザイン会社が受注する例のほうが自然であった。つまり企業ウェブサイトは、単なる最新の電子技術の経営への応用ではなく、企業の視覚的コミュニケーションの新しい媒体として位置づけられたと言える。
 企業ブランドは、顧客がその企業の製品・サービスを体験することによってつくられるものであり、インタラクティブ(双方向的・対話的)なウェブサイトは顧客が企業のサービスをバーチャルに体験するための重要な媒体となっている。しかもインターネットは国際的であり、ウェブサイトを通じたコーポレート・アイデンティティは、一層地域差を越えた手法が必要とされるようになった。